発行物紹介

BiTvol9

『一日 夢の柵』 黒井千次(講談社文芸文庫

 野間文芸賞受賞の、12篇からなる短編集。全篇を通しテーマが「老い」なのは、著者自身が高齢であることと深く関係しているようである。六〜七十代の老人を主人公に、奇妙だがありがちとも思える日常を描いた作品。  お勧めは表題作の2篇。珍しく夢を、しかも淫夢を見てしまった男の一日を描いた「夢の柵」。年齢を思い出せない母親や、露光時間を変える一風変わった写真家を通して時間について思いを巡らせる「一日」。どの篇も老人らしい独特の思考を通して話が展開していくのだが、語り口がやけに若々しく、とても身近なものに感じられる。自分も将来こうなるのではないかと思ってしまうほどだ。登場人物たちもどこか生々しい、「こういう人っているよな」という感じで、共感しやすい。登場する妻たちが皆サバサバしているのも、すごくリアル。実際僕もそうなのだが、まだ大学生なのに年老いた時のことなんて……という人は多いと思う。  老後の話題というのはどうしても暗くなりがちで、できれば考えたくないものである。確かにこの本にエキサイティングな面白さはない。が、雰囲気は決して暗くないし、また普段あまり考えないテーマの作品だと思うので、ぜひ読んでみてほしい。 (K内)

『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉』大森望 編 (創元SF文庫))

 『ぼくの、マシン』は、今年に入ってやたらとアンソロジーを出している大森望の編集によるSFアンソロジーだ。今作は「ゼロ年代ベストSF」をテーマとして「S編」「F編」の上下2巻で編まれている。ここではそのうちのS編『ぼくの、マシン』を扱う。F編『逃げゆく物語の話』のレビューはまたそのうちに……。  S編・F編では一応作品の傾向が分かれているらしく、このS編(SはScienceやSpaceのSらしい)では宇宙を舞台にした話やハードSFなどの、いわゆる「SF」らしい話が集められている。  冒頭作「大風呂敷と蜘蛛の糸」はアンソロのテーマを表した作品という意味では、内容も配置もベストな選択だ。「大風呂敷と〜」は、パンツを空に飛ばしたことで有名な野尻抱介が大風呂敷を中間圏まで飛ばす話なのだが、宇宙へのロマンと最先端の科学技術を駆使したこの作品は、まさにゼロ年代ベストと言うにふさわしい。  表題作「ぼくの、マシン」は神林長平の「戦闘妖精雪風」シリーズのスピンオフ作品だが、現代的な人と機械の関係を描いた快作で、単品でも十分楽しめる。  たまに妙な作品も混じっている(円城塔は「yedo」じゃないだろ)が、全体として年代ベストと納得のいく出来になっている。 (柴田)

『デセプション・ポイント』ダン・ブラウン(角川文庫)

 『ダ・ヴィンチ・コード』で有名なダン・ブラウンの3作目。出世作の『ダ・ヴィンチ・コード』は実は4作目。  「アメリカ大統領選のさなかNASAが北極の氷の中から地球外生命体付きの隕石を発見した」というのが話のきもで、初めは地球外生命体とホワイトハウスという組み合わせからポリティカルなSF物かと思いきや、上巻後半からSFではないことを明らかにしていく。大統領選挙と科学を織り交ぜたミステリーであることが薄々とわかってくる。  科学といっても、原著がいいのか訳がいいのか、宇宙や海洋の知識が無くても分かったような気にさせてくれて他著同様大変読みやすい。また、一つ一つの章が短く視点人物が目まぐるしく変わるスタイルをとっており、より疾走感が増し物語に引き込まれていく。  題材の面白さはもちろんあるが、それ同様にウィットに富んだ会話が面白く、コーキーがいるかいないかで作品の評価が変わってしまいそうである。ただし最後のお約束のベッドシーン、あれは無い。  最後ではあるが『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』でおなじみのラングドン教授シリーズではないので注意。さらに宗教的な話は一切出ないのでそれ目当ての人も注意。  (中野)

『いのちのパレード』恩田陸(実業之日本社文庫)

 早川書房の異色作家短編集に影響された、恩田陸の短編集の文庫化。書き下ろし含め計十五作を収録している。恩田陸は単発の短編を書くことが少ないが、書く際には存分に恩田陸らしさを出す。恩田陸らしいと言うことで紹介の大半が済んでしまう話ばかりである。  古から伝統が残る村、見晴らしのいい丘陵という舞台、そしてやわらかな破滅の気配。それらは恩田陸の作品の基礎の基礎であり、恩田陸を初めて読む人は、「観光旅行」、「蝶遣いと春、そして夏」、「かたつむり注意報」を読むといいだろう。唐突、そして意味不明という感想を恩田陸の作品の読後に持つことは非常に多い。「スペインの苔」、「橋」、「当籤者」、そして表題作「いのちのパレード」では、読後しばらく頭の中が「?」で埋まり、恩田陸らしさを十分に堪能できる。  静寂の中で寒気を伴う恐怖。派手さは無く穏やかだが、決して避けることはできない。「あなたの善良なる教え子より」、そして「SUGOROKU」は、背筋を凍らせるに足りる静かなホラー短編。「夜想曲」は逆に恩田陸らしくないが、出来自体は非常に良く、短編集の最後を綺麗に締めている。これら以外の短編もどれも読み応えがあり、恩田陸が作りだす世界を楽しむのに何の不足も無い粒ぞろいばかりである。  (武)


Last-modified: 2010-12-02 (木) 00:08:36 (2759d)