80年代SF傑作選上・下

 おもしろかった。上下巻各700円という値段に見合うことだけは保証する。

 確かに、アンソロジーとしては致命的な欠陥を抱えている。再録が多すぎるのだ。『わが愛しき娘たちよ』などは早川でこの三年間に三回印刷されている。雑誌掲載の再録はまだ許せるとしても、自社で刊行した短編集からの再録というのはちょっとひどいのではないだろうか。しかし、テーマアンソロジーである以上、他の書物との重複は仕方がないとも言える。確かに、それに見合う作品が多いのだから。ここの作品について触れる前に、まずその他の部分から。

 装丁は非常にかっこいい。あっさりしすぎているような気もするが、80年代を現すにはこの淡さは適切だ。続いて、序文。このアンソロジーの姿勢が示されるわけだが、とりたてて言うことはない。重要なのは目次である。と、ここで作品選択と、その配列について語るべきだが、これについては京フェスで編者本人の口から意図を聞いてしまったので、僕などが今さら口にする必要を感じない。こまかな感想については後で触れる。解説は80年代のSF界の流れを概観したものだが、かなりわかりやすく、現代SFをめったに読まない僕でも何となく様子がつかめたきになった。ただ、後半サイバーパンク以外についてはあまりに駆け足で通りすぎた感があり、その点やや不満である。付録の資料はみごと、だがどうせならこのアンソロジー収録作品がいつマガジンや他の短編集に載ったのかのリストも欲しかった。最後に、煽り文句。上巻の物はやや誇大広告気味ではあるが、納得できるとしても下巻の最後の文章はひどい。この編集者は、序文を読んだのだろうか。

 続いて、ここの作品について。

ウイリアム・ギブスン
『ニュー・ローズ・ホテル』
 いきなりサイバーパンクを置くことで80年代を印象づけようという意図だったらしいが、どうもはずしているような気がする。『ハードフォウト』や『血を分けた子供』に比べて、いや『わが愛しき娘たちよ』に比べても作品の印象が弱すぎて、ほとんど心に残らなかった。おかげで、上巻はいまひとつ印象が散漫になってしまっている。かっこよさは認めるが、それで作品の印象が残らなければ文体なぞ何になるというのか。ギブスンの作品はほとんど読んでいないので何とも言えないが、もう少しましな選択があったのではないかと思う。この作品は、僕にはただのハードボイルド風の文体に、近代風俗とハイテクタームをふりかけただけのありがちな短編としか思えない。このどこに時代を切り裂く’エッジ’があるというのか。いくら手垢にまみれていようとも、まだしも電脳物を置いた方がよかったのではないだろうか。読んだことはないが。 ・・・・・・45点

ポール・ディ=フィリポ
『スキンツイスター』
 続いてサイバーパンクである。この作品がもう少しましなら救われたのだが、二作続けて右から左へ抜けていくような作品だったことが上巻最大の問題であろう。下巻は『胎動』の印象の薄さを『祈り』がみごとに救っている。どうしても、短くなりがちな一編目に比べ、二編目はわりと自由に選べるのだから、もう少し選びようがあったのではないだろうか。まあ、僕は超能力物が大嫌いなので偏見があるかもしれないがそれにしてもこのオチはひどすぎる。いきなり納得すればいいという物ではあるまい。だいたい、これのどこに’人間性の変容’があるのか。ガジェットはただの心霊手術だし、キャラクターもごく常識的な反応しかしていない。これでは’いつまでたっても人間は変わんねえ’という話としか思えないのだが。 ・・・・・・30点

キム・スタンリー・ロビンソン
『石の卵』
 サイバーパンクの後には文学派である。しかし、僕はこの作品のレヴューをあっさり放棄する。正直、理解できなかったのだ。というか、表面的な筋を理解しただけでいいのかどうかがわからない。僕には、「ああ、いいお話だね。で、それがどうしたの。」と思いつつ、実は僕が気づいていないメタファーが山のようにあり、それがわからないとおもしろくないのかもしれないと恐れを抱いていることしかできないのだ。従って、感想は一つだけ。「よくわからん。」 ・・・・・・50点

コニー・ウィリス
『わが愛しき娘たちよ』
 続いて、コニー・ウィリスの問題作(といわれている)が登場する。実に、普通の短編であり、60年代以降ならいつの作品といってもおかしくないというといいすぎだろうか。社会現象をSF的な環境におくことで誇張し、従来のSFの手法でストーリーを展開し、解決もごく普通のモラルの枠内で行われるといういかにもな作品でとりたてていうほどとは思えない。これが、こうまで話題にされたのは、作品の背景をなす男性批判ととれる部分が強調されすぎているためだろうが、男性批判と読むよりは、むしろ最後に示される人間のエゴ(原罪?)に重点を置いて論じる方がいいのではと思う。そうしてみれば水準以上の作品であり、傑作ではないが、佳作ではあるといえる。 ・・・・・・75点

ジャック・ダン
『ブラインド・シェミィ』
 クズ。電脳ものならいいという物でもあるまい。長めの話に挟まれた中休み以上の価値はなく、それなら無駄な描写を切るべきだ。ところが、切ろうにも切るところがない。『石の卵』同様、僕に読みきれていないだけかもしれないが、この作品については理解しようとする気が起こらない。 ・・・・・・20点

ロジャー・ゼラズニィ
『北斎の富がく二十四景』
 いかにも、冗長であり、無駄が多すぎる。書こうと思えば四十頁でも、いやメインアイデアだけなら二十頁でもかけるような気がする。だが、この作品はこれでいいのだろう。若干コンピューターを神格化しすぎているきらいがあり、日本についての描写も、正確な分どことなく違和感を覚えるが、絵にストーリーをつけただけだと思えば、そこそこ納得のいくレベルであり、よくぞここまでまとめ上げたといってもいい。ルルイエのくだりには爆笑させてもらえたし、ま、これはこれでいいんじゃないでしょうか。 ・・・・・・55点

ハワード・ウォルドロップ
『みっともないニワトリ』
 上下巻を通じて、このアンソロジーのベストを競う逸品である(笑)。実際、ユーモア短編としては五本の指に入るしろものだと思うが、このアンソロジーにはいる理由がよくわからない。どう甘く見ても70年代、たぶん60年代といっても通るような作品であり、「80年代」傑作選にはいるのはいまひとつ納得いかない。でも、まあ、こういう機会がなければ読まずに過ごすところだったのだからよかった、よかったとして手を打とうか。 ・・・・・・87点

ルーシャス・シェパード
『竜のグリオールに絵を描いた男』
 すばらしいファンタジーだとは思う。ドラゴンというありきたりの素材を扱いながらその魅力を存分に引き出し、しかもそれだけに終わらせていない。メリックの人生を考えると何やら感慨深いものもあり、小説作品としてなら『みっともないニワトリ』に匹敵する。ただ、このアンソロジーは「SF」傑作選であり、シェパードにはSFとしてすばらしい作品が外にあることを考えると、ここにこの作品がある意味が分からなくなる。(こんな感想ばっかり)80年代のSF界がファンタジーとホラーに席巻されていたことを現すなら他にもっといい例がありそうなものだし、そうすれば、よりシェパードらしい作品が挙げられたのではと思う。ただ、ウィリスがウィリスらしくない『わが愛しき娘たちよ』で話題になり、しかもそれが明らかにウィリスの作品であるのと同様、グリオールにもシェパードらしさがちゃんと現れており、それならば凡百の他のファンタジーを載せるよりはこの佳作をファンタジーの代表とする方がよいのかもしれない。個人的には『ジャガー・ハンター』の方がいいと思うけどね。 ・・・・・・83点

アレン・M・スティール
『マース・ホテルから生中継で』
 一転してあからさまなSFである。音楽はよくわからないのでいまひとつ乗りきれなかったが、最後の台詞を読むといきなり許してしまった。我ながら情けないくらい正面切って宇宙にあこがれられると弱い。『天の光はすべて星』を愛する人にはおすすめである。 ・・・・・・67点

ジョージ・A・エフィンジャー
『シュレーディンガーの子猫』
 上巻のトリを飾るのはエフィンジャーの名短編である。この作品、ほとんど欠点というものがなく、みごとに仕上がっている。ただ、そのわりにはいまひとつ印象が薄いところがあり、そこが難点といえば難点であろう。うーむ、しかし本当に書くことがないなあ。 ・・・・・・73点

エレン・ダトロウ
『回想のサイバーパンク』
 というわけで、実は上巻のトリはこちらなのだった。しかし、これがここにある必要はないのではなかろうか。運動については解説にも、カードのエッセイにも書かれており重複が過ぎる。 ・・・・・・40点

マイクル・ビショップ
『胎動』
 先にもかいたが、下巻の冒頭としては少し弱いのではないだろうか。僕にはこの主人公の心の動きがさっぱりわからなかったし、(あそこで残るのはともかくなぜ街を壊すんだ?)飛行機の爆発なども御都合主義としかおもないので正直いってつまらなかった。どう、読めば面白味を感じられるのか誰か教えてくれないだろうか。 ・・・・・・45点

ジョアンナ・ラス
『祈り』
 このアンソロジー全体にたいする評価が飛躍的に高まるきっかけとなった作品である。やはり、神を馬鹿にする話は良い、って違うか。実は中世の北ドイツ(?)の描写を楽しんだだけでオチはあまり気に入っていないのだが(UFOは苦手で・・・)ラスト、ユダヤ/キリスト教的な神にたいする皮肉ともとれる描写にすべてを許してしまったのである。とはいえ、並の文章力の作家であれば、これだけの話を書いといて宇宙人だけでした、チャンチャンなどという終わらせかたをすれば全体をぶち壊しにしていただろうが、結構素直に読めてしまったあたり、かなり文章力のある作家なのだと思われる。長さにもだれなかったし。ぜひ、他の作品も読んでみたいものだ。 ・・・・・・80点

ブルース・スターリング
『間諜』
 上巻の始めの二作でサイバーパンクには悪い印象を持っていたのだが、これはそれなりにおもしろく読めた。若干、ガジェットをはぎ取ったらただの古き良きSFなのではないかという気もするが、ひょっとしたらこのガジェットの方が作品の本体なのかもしれない。 ・・・・・・67点

ルーディ・ラッカー&マーク・レイドロー
『確率パイプライン』
 よーし、うむうむ。よーし。これ、これこそSFである。始めは日常的な話。それを科学を小道具にしどんどん大きくしていき、最後には宇宙規模まで話をでかくする。バカSFのお手本のような作品であり、これを読むためだけに短編集をかっても惜しくないほどの名作である。「難解な馬鹿」ベイリーや、「重厚な馬鹿」ワトスン、「高尚な馬鹿」レムや、「異質な馬鹿」ラファティなどとは違う、「軽薄な馬鹿」。全盛期の筒井もかくやという馬鹿さ加減にはあきれるほかはない。「胎動」もこういった処理をすればまだ読めただろうになあ。 ・・・・・・85点

ジェイムズ・P・ブレイロック
『ペーパー・ドラゴン』
 スチーム・パンクの雄、ブレイロックがついに登場する。いいお話であり、それだけといえばそれだけなのだが、竜の完成のためむなしい努力を続けるフィルビーの姿に自分の姿に自分を含めたマニアという人種も重ねて読んでいたのでつい身につまされてしまった。フィルビーの姿に技術を追い求める人種全体を重ねて読むとさらにむなしさが感じられるのでおすすめします。 ・・・・・・78点

オクテイヴィア・バトラー
『血をわけた子供』
 傑作である。SFを読んで衝撃を感じたのは本当にひさしぶりになる。この衝撃はスプラッタな描写によるものではないと思う。そんなものなら唐沢なをきの漫画を読めばいくらでもある。妊娠という現象のとらえ直しと、男がそれを受容できるかという問いに衝撃を感じたのだ。ここに書かれる妊娠はひどくおぞましい、しかも、それを受け入れるのは家畜としての人類である。文章はさしていうほどではないが、テーマの重さから来る圧迫感はすさまじく、また、ETIのグロテスクさも相まって非常に優れた作品に仕上がっている。フェミニズム小説として読んでも、異星ものとして読んでもこの10年間最高の収穫の一つといえるのではないだろうか。 ・・・・・・90点

ローレンス・ワット=エヴァンス
『僕がハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ』
 前説に付け加えることはほとんどない。ただ、この作品のラストで示されるのは、安易なSFの肯定ではない。センス・オブ・ワンダーとは何か。それはSF風の、あるいは異世界風の単語の羅列で示されるだけのものだろうか。現実に勝る驚異を、SFは持ちうるのか。それなくしては、SFはSF足りえないのではないだろうか。 ・・・・・・80点

グレッグ・ベア
『ハード・フォウト』
 130頁にもわたる大作であり、文章も一見読みにくく、プロットも入り組んでおりかなりの難物と思われる。歴史とは何か、また人類と異星種族とに理解はなりたつのか、あるいは人類の未来は、など大きなテーマをいくつも扱っており、このアンソロージー最大の難物と言える。ただ、実際に読んでみると、文章の読みにくさは造語が原因で、それは従来のSF用語を置き換えたハッタリに過ぎないし、プロットの複雑さも読む興味を増しこそすれ、読む妨げになることはなく、テーマも読み進むうちに自然にわかってくるので、外見の取りつきにくさほど読みにくいしろものでもなかったりする。ところで、どうでもいいことだろうが、無相角数学というのは何なのだろう。どうも、読んでいて信念航行の類としか思えないのだが。(笑) ・・・・・・82点

イアン・マクドナルド
『帝国の夢』
 トリを飾るのにふさわしい作品である。これの読み方は前説に提示されているとおり、SFとは何かということだろう。12歳の少年の夢にしか過ぎないようなSF、第二世界への逃避しか産み出せないようなSFはいずれ卒業しなければならない世界である。しかし、それを抜け出した上でなおも空に残るのは、時代を見つめ、さらに先へと視点を向けることができるSFの真の姿である。SFファンはその幻想を頼りにこのジャンルにしがみついているのではないだろうか。そして、それを信じている限り、数は少なくなろうとも衝撃を、飛躍を、未来への視点を与えてくれるSFが現れ続けるのではないだろうか。 ・・・・・・70点

オースン・スコット・カード
『私的80年代SF論』
 解説の一部と思って読むべきであろう。かなり公平に書いてありながら、カードのモラリストとしての面がにじみ出ておりいい出来だとは思うが、編集の手を入れてあるというのが気になる。ここに列記されたほどの改訂を行って、なおもカードの作品と言えるのかについては疑問が残る。 ・・・・・・60点

レヴューというより感想文のようなものになってしまった。感想ついでに、このアンソロジー全体にたいする感想をもう一度。買って損はなかった。短編集は一作おもしろければもとがとれると思うのだが、このアンソロジー、かなりヒット率が高い。でも、やはり、早川文庫に入っている短編を載せるのは考えものだと思うけどね。

(林)


Last-modified: 2006-09-18 (月) 04:18:16 (4385d)