ヒーザーン

 この話は、荒廃したアメリカを支配する巨大企業ドライコ社の社長が、出現した救世主レスターに興味を抱くところから始まる。彼の能力を利用しようとする社長サッチャーをはじめとした個性的な幹部の面々がレスターとの関わりの中で様々な思いを展開する様を事件を通じて社長の愛人ジョアンナの視点からおっている。

 非常にとっつきにくい作品である。表現は間接的で、イメージをつかみにくい。

 初読では何が何やらわからないままに翻弄されてしまった。ただ、全体に漂う雰囲気と、ときどきチラリと見える、比喩の裏に隠れたものに妙に魅きつけられた。

 再読してみてようやく非常にうまくストーリーが構築されていることに気づいた。伏線であるドライコ社の重役の殺害事件は二転三転し、思わぬ方向から関わってくる。人物のいろいろな行動はそれぞれの持つ精神的根拠に基づいている。一見なんでもない比喩も、読み返すと伏線だったりするので、この作品はぜひ再読することをおすすめする。実際、読み返す度に新たなものが見えてくる作品なので、読む人によっても全く別の見方がなされるだろう。

 文章の全体の雰囲気は(その読みにくさも含め)『ニューロマンサー』に似ていると感じた。これは、帯にあった「ギブスン絶賛」の言葉のために、ある程度先入観があったためでもあるが、翻訳の段階で訳者の色がでてしまったためと思われる。解説によると、著者は、かなり独特の文体を作り出しているらしい。そのような文章を邦訳しようとすれば、どこかで無理を生じ、その無理を埋める段階で訳者の色がでてしまうのは仕方ないことだろう。その点でこの作品はより読みにくくなっているのかもしれない。(だからといって原文を読むほどの英語力も根気もありはしないが)

 それでも、やはりこの作品は『ニューロマンサー』とは異なる独自のものを持っている。『ニューロマンサー』が感覚的な言葉で魅力的に背景世界を描き出したのに比べ、『ヒーザーン』で寓意的(−ハロウィーンの衣装で着飾った真実−)に描かれる世紀末のアメリカの姿は嫌悪感すら呼び起こす。だが、それを背景にする人々の常道が、より力を入れて写し出されている。

 『ヒーザーン』の人物たちは、自らの作り出した退廃の泥沼から抜け出すことができない。その、自身で感じつつも決して認めない悲しみが、背景とともに、作品全体を灰色のイメージに染め上げている。救世主レスターですらそのトラウマから逃れることはできなかった。ただ最後に、ジョアンナだけは安らぎを見いだすが、それはレスターの死を通じて得た自身のあり方であり、決してハッピーエンドにはならない。(話の終わりの部分は始まりの部分との対比になっていて面白い)

 救世主という存在をかいして人の生き方、考え方を描き出そうとしたこの作品はSFとはいいきれない面を持っている。しかし、これも一つの新たな方向になり得るのではないかと思う。

 次の『テラプレーン』に期待したい。

(Y=Tan)


Last-modified: 2006-09-18 (月) 04:19:32 (4263d)