発行物紹介

BiTvol8

『量子回廊』大森望、日下三蔵 編(創元SF文庫)

 『虚構機関』『超弦領域』に続く国内年間ベストSFアンソロジーの三冊目。明らかに前二冊に比べて厚い。編者いわく近年は新人向けの賞が増えてきており、その影響か今年は力作が多いらしい。本作にも、国内ベストとは別で特別に「第1回創元SF短編賞受賞作」が収録されていたりする。収録作品数も増えていて、今回は著者は十九人にのぼる。シリーズおなじみの漫画も二篇組み込まれており、何となくお得な気がしたり。  また、今回は女性作家の作品が多いのも特徴と言えそうだ。なんと収録作品の約半分が女性によるもの。偶然らしいのだが、前半には女性による作品が、後半には男性の作品が固まっている。男性らしいだの女性っぽいだのと語ることはナンセンスだと思うが、それでも読み終わって思い返してみれば、前半は街を舞台にした不思議な話が多く、後半になるにつれ舞台が宇宙にまで広がったりと単純な意味でSFらしい話が増えるのは面白い。色々な視点で読み比べてみるのもいいだろう。  しかし老若男女の様々なSFが収録されているのはいいのだが、全体的にインパクトが薄めな気がした。どの作品が面白かったかと問われると、どんな話があったのかぱっと思い出せない。新人が多いからだろうか。個人の好みこそあれ、それぞれの作品のレベルは高いのだが、突出して「これは…!」というのが無かったと思う。少々影が薄い。(條電)

『東方香霖堂 〜Curiosities of Lotus Asia.』ZUN(アスキー・メディアワークス)

 あしかけ6年にしてついに出版された本作は、幻想郷で古道具屋「香霖堂」を営む青年「森近霖之助」の日常を描いた短編集である。霊夢や魔理沙たち東方キャラがどのように日々を過ごしているのか。シリーズ全体を通してほぼ唯一の男キャラである霖之助とは一体どんな人物なのか。東方の世界をより深く味わうためにも、ファンにとっては必読の書と言える作品。  その内容は意外と言うか流石と言うか、読んでいてとても楽しめた。神主の溢れる才能に嫉妬。それはともかく最初の印象では、主人公の霖之助は霊夢や魔理沙を優しく見守る保護者的立場の老成達観した仙人風キャラなのかと思っていたのだが、実際には青臭い書生肌の青年で、用も無いのに店に押しかけて来る彼女たちに今日も読書を邪魔されては文句をつける、という隙のある姿が意外に好感を持てた。自身の持つ特殊な能力にかこつけては真偽不明の蘊蓄を披露する様も大人げがなくていい感じだ。そのまだ若く「未熟」な人格は、つまり彼が「(成長する)主人公」だということでもある。全編通して何の無理もなく彼を中心に話は進む。おかげで本来の主役たる霊夢が出しゃばる必要もなく、本作では立派に「脇役」に徹していられるのだ。「腋」だけに。東方ファン以外にもお薦めできる一品である。(天須)

『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ(角川書店)

 フランク・マシアーノ(通称フランキー・マシーン)はかつてマフィアの殺し屋だったが、現在はそこから足を洗い、仕事に精を出し娘の学費に頭を悩ませる、忙しいながらも充実した毎日を送っていた。そんな彼の生活は、ある一日の終わりにかつての知り合いに殺されかけ、やむを得ず相手を殺してしまったことで終わりを告げる。一体自分は何のために命を狙われたのか? 犯罪組織とFBIから逃亡しつつ、フランキー・マシーンはそもそものはじまり、自分がなぜマフィア稼業を始めたのかから回想していく……。  「ゴッド・ファーザー」しかり「仁義なき戦い」しかり、組織の変容とそれに伴う人間の変化というテーマは洋の東西を問わず好まれている。この作品でも、過去の回想と現在の対比などにそれを見ることができるだろう。だが作品全体の色調は決して暗いわけではなく、むしろ不思議なユーモアにあふれている。主人公がチンピラだったころの大ボスが吐くある台詞にはきっと誰もが笑ってしまうに違いない。  視点人物が結構移り変わったり、章立てがかなり細かくなされていたりなど、少々読みづらいかもしれないが、ページをめくらせる力はそれを補って余りある。(片桐)

『不動カリンは一切動ぜず』森田季節 (ハヤカワ文庫 JA)

 不動カリンは十三歳、母・母・父との四人家族で生活している。は? と目を擦って見直している-または誤植を疑っている-かもしれないが、これは書き間違いではない。性行為によって感染する致死性のウイルスの蔓延と、深刻になる一方の少子化問題解決のため試験管ベイビーの支給が一般的となった社会では、家族構成などいかようにも変化しうるのだ。同性間恋愛も至って普通に起こるし、経済的に余裕があれば一人でだって簡単に子供をもつことが出来る。  さらに、情報技術の発達は「思考」そのもののやり取りを可能にした。人々は会話だけでなく手のひらに埋め込んであるノードを接触させることによっても思いを通じ合うことが出来るようになったのだ。まぁ思考統制による管理社会への転落みたいなキナ臭さも存在するのだが。  そんなこんなでエロゲから宗教が誕生し神が乗り移り思念飛行するナイフが飛び交い体から炎が出て塀が投げ飛ばされる超絶異空間のなかで繰り広げられる一途な青春ラブストーリーが面白くないわけがない。ハルヒもあるよ!  それでは、この文章を読んでくれた方が妙な読書体験をされることを願って。(つの)


Last-modified: 2010-11-08 (月) 22:13:03 (4907d)