発行物紹介

BiTvol3

『一九八四年』〈新訳版〉(ジョージ・オーウェル 早川書房)

 村上春樹の最新作が大ベストセラーとなってバカ売れする陰で、この旧著の新訳版はひっそりと世に出た。極端に先鋭化されたスターリン的全体主義によって支配された未来を描くこの作品は、ソ連崩壊も遠い過去となった今では時代遅れで、現代人の感覚とは隔絶した世界に見える。党の掲げるイングソック(イギリス社会主義)の下で、劣悪な環境と死の恐怖、絶え間ない監視体制に束縛されながら生きる人々。そこには行動や態度の自由はもとより、党の教えにたがう思考を心に抱く自由さえない。  この作品を単なる全体主義・社会主義批判の小説として捉えた場合、現代的感覚が希薄だという意見は正しいのかもしれない。しかし、この作品が強く私を惹きつけ、恐怖させたのはそういった見方が的外れであるからにほかならない。最たる例が〈二重思考〉だ。  党の教義の矛盾を看破しながら、同時にその矛盾に心底信奉できる人間、自らの脆弱な記憶ではなく、改竄された恣意的な歴史の記録を信頼できる人間だけが「人間」たりうる。私たちは、そんな彼らを愚か者として一笑に付すことができるだろうか?  メディアやネットにあふれる情報にひたすら浴している自らを振り返ってみるといい。(大紋寺)

『時の娘』ロマンティック時間SF傑作選(ジャック・フィニイ他 東京創元社)

 障害のある恋ほど燃えるというものの、どうしても越えられない障害は数多くあるもので、時間という壁はその最たるものだろう。違う時代に生きる二人がどうやって恋を成就することができるだろう? ……いやそもそも、出会いようがないのではないか? そういうわけで、遠距離恋愛ものや一時期粗製乱造された難病恋愛ものよりもプラトニック展開向けなポテンシャルを秘めつつも、SFの一ジャンルに甘んじざるを得ないのが時間差恋愛ものや、その他の時間ネタを用いたものである。  具体的な例を挙げるなら「美亜へ贈る真珠」や「海を見る人」、海外作品なら『夏への扉』はもちろんとして「ハイペリオン四部作」の後半二冊、さらに短編なら「愛の手紙」などなどなど。そもそもウェルズの『タイムマシン』にしてから未来人との恋愛を描いており、時間SFすなわち「ロマンティック時間SF」であるのかもしれない。  かように豊かな分野である、このアンソロジーが面白くないわけがない。紙幅が尽きかけている気がするので内容については細かく触れないが、特にラストの「インキーに詫びる」は構成と展開の妙が素晴らしかった。(片桐)

新人レビュー・第一回

 ここからは本年度入部した新人にお気に入りの作品を挙げてもらいました。人数が多いので、今後数回続きます。

『ディスコ探偵水曜日』(舞城王太郎 新潮社)

 まず分厚い。しかも上下巻。621ページと452ページ。文章量が多すぎる。超大作。重い。だから電車で立って読めない。表紙がかわいい女の子のイラスト。だから電車で立って読めない。そこは困る。  最初の一文が『今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。』主人公の名前がディスコ水曜日。ディスコ・ウェンズディ。ふざけているのかってほど奇抜な名前。こんなのがあと十数人も出てくる。しかもみんながみんな名探偵だっていうんだからやばい。名探偵多すぎ。しかもみんなどこかおかしいやつばっかり。いかれた世界観。  ストーリーも混沌としている。たまにグロい。そういうのに読みなれてないのでキツかった。ジャンルはSFなのかミステリなのかわからない。連載されていた文芸誌的には純文学なのかもしれない。いやそれはない。SF要素・ミステリ要素といえるものは一応あるにはある。でもSF的解説長いし複雑。推理合戦長いし複雑。っていうか単に雑。そういった要素ひとつで充分面白い小説が書けそうなのに、まとめて雑な扱いをされている。読み飛ばしていいのではないかと疑いたくほど、本当にどうでもよさげな感じ。トリックがさらっと使い捨て感ありあり。さらに上巻と下巻のギャップに呆然。まったく別次元のストーリーになっている。ラストにも呆然。きちんと時間をとってしっかり読み込んで書いてあることをある程度理解できないとすっかり置いてけぼりになってしまうような気がする。苦行に限りなく近い読書態勢が求められているのかもしれない。  文章も独特。これも読みなれていないとキツい。普通じゃない。勢いがありすぎ。擬音語がキモい。エクスクラメーションマークやクエスチョンマークの後に空白がない。改行もない。だからツメツメ。主人公が考え込みがちだから尚更ツメツメ。数ページ読んで拒否反応を起こす人もいるかもしれない。さらに言えばテーマも難解。すくなくともぱっと見では難解すぎて意味不明のように思えてしまう。やっぱり主人公が考え込みすぎ。なんでもかんでも裏の裏まで考えようとして破綻しかかっている。だいたいこの小説は○○すぎと書かなければならないことが多すぎ。すぎすぎ言いすぎで馬鹿みたいな文章になってしまう。作者がちょうどいい塩梅で抑えるということを知らない。過剰。過剰すぎ。  そんな魅力がいっぱいの作品でした。大好きです。(井上)

『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン 東京創元社)

 突然だが、文庫本の背面や中表紙にあるあらすじの欄は、結構重大なネタバレだと思う。正確に言えば、あれは確信的にネタバレである。購入の選択の際には確かに参考になるのだが、実はあれは作品の面白さにはほとんど関係が無いという事にも、賢明な読者一同は気付いているはず。邪魔そして迷惑なのだ。  嘘。無いと困る。ネタバレが嫌なら読まなければいいじゃないか。  要点はつまり、この本のあらすじに書かれていることは、結構中盤の方の出来事までがもろに含まれているから、読まない方が身のためだと思うよという事だ。  さて、何分初めての経験であるし、どの作品について書くか散々悩まされたが、その結果がホーガンの「星を継ぐもの」である。SF研究会だしね。ここに入会して以来私も幾つか海外SFを読んで経験値を高めてきたが、この作品はその中でもかなり気持ちの良い意味で面白かった作品の一つである。しかし、お前らもっとSFを読めよ。  作品の分類はハードSF、それも非常に気合の入った描写のなされている奴で、いかにも空想科学といった風である。舞台は近未来だが、全ての技術が理論的で、素直に理解し受け入れられる類のものだ。クラークやニーヴンなど、そういうのが好きな人には堪らないだろう。自然科学だけでなく人文科学的な要素が含まれているところも現実感を醸し出すのに一役買っている。  ストーリーは単純。つまり、地球外で発見された地球人でない何かの死体を調べ、彼がどこから来たのか、何故そこで死んだのかという事を解明していく、という筋書きになっている。その過程が楽しい。各分野の研究者たちが頭を寄せ合い、それぞれの立場に於いて解明された情報を元に推論を立て、喧々諤々に戦うのである。死体を放射性炭素年代測定にかけるのは勿論、彼の手帳を解読して彼に何があったのかを探ったり、体組織を分析して彼の故郷の一日の長さや生きていた頃の体温を計算したり、エトセトラ。「その手があったか!」と思わされることも少なくないだろう。物理学者、生物学者、地質学者達が、共通の事実から全く異なる仮説を仕立て上げる様も実に愉快。  そうして、死体という少ない手がかりから、ありとあらゆる手段で情報を引き出していくのである。推論が新たな情報により覆され、その上に更に推論が重ねられる。数段重ねの納得。極めて痛快。  最終的な結論に到達するところなどには、推理小説ならではの快感がある。あのモヤモヤしたものが晴れて、頭がすっきりする感覚。全てが繋がって思考が一つ上の段階へ移行し、新しい世界が見えるあの感覚。ちょっと飛躍しすぎているようなところもまた、実にらしいと言えるだろう。締めの長演説など、この学者は驚愕の事実を次々に突き付けられたせいで、電波を受信するようになっちゃったんじゃないかと思ったね。素敵。  なんだかここまで書いて読みなおしてみると、ハードSFだとか本格推理小説だとか、素人に取っつき難そうな雰囲気になってしまった。ぬーん。兎も角そのどちらも見事に満たしている作品であるであることは違いない。しかし前述したが、この本の面白さは、判り易く気持ちの良い面白さなのだ。この気持ちの良いという主観的な感覚が何を指しているかを説明するのは至難だが、つまりそういうわけだから。これを読んでいる人なら大体判るよね。うん。  因みにこの作品、一冊だけでも十分に面白いのだが、続編が四冊ほどあり、「巨人たちの星」シリーズという名称がつけられている。全て読了した時に満足感は何物にも代えがたい。なお、私はまだ読んでいない。面白いんですかね?(成田)


Last-modified: 2010-07-14 (水) 01:41:04 (5028d)